深夜だった。ポッドキャスト制作の編集が一本上がり、ブログの書き場のほうに目をやったとき、私はひとつの野心を抱いてしまった。この更新、AIに丸投げできないか。楽をしたいと思ったことがある人は、たぶん良い大人だ。私は、良い大人だ。しかも今回は、それを本当にやってのけた。いまお前が読んでいるこの文章も、チャットに一行投げただけで、AIがノートPCの向こうから下書きをこしらえたものだ。と、ここまで書くとかっこいい。だが、そこに至るまでの道は、驚くほど地味だった。マイクのゲインを追い込むときのあの集中力を、全部、別のところで使った。
だから今日は、同じことをやりたい人のために、ぶつかった壁をひとつずつ、どう乗り越えたかを書いておく。ポッドキャスト制作の現場で培った「手順を分解するクセ」は、こういうときにも効くらしい。
第一の壁。矢印の向きを、逆にしていた
最初に、「つなぐ」という言葉で躓いた。AIとブログをつなぐと言っても、矢印の向きは二通りある。ひとつは、WordPressの中にAI機能を呼び込む方向。もうひとつは、AIの側からWordPressを遠隔操作する方向だ。私が欲しかったのは後者なのに、しばらくは前者の部品ばかり集めていた。道を尋ねる人に、行き先とは反対の駅を教えていたようなものである。それも、自信満々に。
ここで学んだことを、先に渡しておく。AIに自分のサイトを「操作」させたいなら、必要なのはMCPという仕組みだ。サイト側をサーバー役、AI側をクライアント役にして、両者を結ぶ。WordPressなら、公式が出している「MCP Adapter」というプラグインを入れれば土台ができる。逆に、編集画面でAIに文章を手伝ってほしいだけなら、それはAI連携プラグインの領分で、まったくの別物だ。この二つを混ぜると、いつまでも噛み合わない。方向をはっきりさせた瞬間だけ、世界が少しすっきりした。
第二の壁。合鍵を、作らねばならない
土台を入れても、AIは中に入れない。入るための鍵が要る。WordPressには「アプリケーションパスワード」という、普段のログインとは別の合鍵を発行する機能があって、これをAI側の設定に書き込むことで、初めて出入りできるようになる。管理画面のプロフィール欄の一番下、普段はスクロールすらしない場所に、その発行ボタンはひっそりとある。押すと十六桁の英数字が一度だけ表示され、二度と見せてくれない。一期一会である。収録の一発録りと同じ緊張感が、こんなところにあった。
ノウハウとしては、この合鍵は端末ごとに分けて発行しておくといい。自宅のパソコン用、ノートPC用と、名前をつけて別々に作る。万が一ノートPCをなくしても、その鍵だけを閉めればいい。機材を複数現場で回すとき、予備のケーブルを現場ごとに分けて包んでおくのと、同じ発想だ。
第三の壁。できることを、自分で作って足す
鍵を渡しても、そのままではAIはほとんど何もできない。「サイト情報を見る」程度である。記事の下書きを作らせるには、「この操作を外に公開する」という小さなプラグインを、自分で作って足すことになった。面倒に聞こえるかもしれないが、この地味な分解こそが、あとで効いてくる。いきなり全権を渡さず、まずは「見るだけ」から始めて、こいつはちゃんとやるか、としばらく様子を見た。人を信用するときの、あの慎重さと同じである。いきなり合鍵と通帳を渡す人は、たぶん、もてない。相手がAIであっても、それは変わらないらしい。そのことに、自分で少しだけ驚いた。
完璧を待っていたら、何も始まらない。下手でいい。まず一本、細い線を通してみる。太くするのは、そのあとでいい。
ポッドキャスト制作の現場でも、いつも同じことを思っている。完璧な音を狙って固まるくらいなら、とりあえず回してしまう。回してしまえば、どこが悪いのかは、もう見えているのだから。
第四の壁。コマンドが、知らぬと言う
さて、この一件でいちばん時間を食ったのは、難しい設定ではなかった。ノートPCに必要なソフト(Node.jsという実行環境だ)を入れたのに、パソコンが「そんなもの知らない」と言い張る。人の話を聞かない部下かと思った。だが、原因はこちらだった。ソフトを入れる前から開いていた黒い画面を、閉じて開き直していなかった。ただ、それだけである。新しいソフトを入れたとき、パソコンは「ここに道具があるよ」という地図を、新しく開いた画面にしか渡さない。古い画面は、古い地図のままなのだ。開き直したら、何事もなかった顔で動いた。
教訓として書いておく。パソコンに道具を入れたあとは、黒い画面(コマンドプロンプト)を必ず閉じて、開き直す。それでもダメなら、一度再起動する。現場でケーブルを差し直すのと同じで、地味だが確実な一手だ。
第五の壁。アプリが、帰ったふりをしていた
ソフトは入った。設定も書いた。なのに、肝心の接続が一覧に出てこない。ここでも、犯人は地味だった。アプリを閉じたつもりで、あいつは裏でまだ起きていた。人間と一緒である。帰ったふりをして、ドアの向こうでまだ耳を澄ませている。設定というのは、アプリが起動する瞬間にしか読まれないから、途中で書き換えても、起きなおさないと伝わらない。ちゃんと終了させて、ちゃんと呼び戻す。そういう地味な手順だけが、実は、全部の首根を握っていた。
ここでのノウハウはひとつ。設定を変えたら、ウィンドウを閉じるだけではなく、画面右下のタスクトレイからアプリを完全に終了させて、もう一度立ち上げる。これで初めて、新しい設定が読み込まれる。
最後の壁。公開ボタンだけは、この指で
すべての壁を越えて、最後にひとつだけ、どうしても譲らなかったものがある。公開ボタンだ。AIには、下書きまでしか任せないことにした。これは意地ではなく、設計でそうしてある。下書き保存の機能には、そもそも「公開する」という選択肢を持たせていない。だから、チャットで「公開して」と頼んでも、その手段自体が存在しない。文章を組む手間はいくらでも減らしていいが、世に出す最後の一押しだけは、自分の指でやる。
便利なものは、たいてい、人を少しだけ違う人にする。その手前で、どこに線を引くか。それを自分で決められることが、こういう仕組みを自分で組む、ただ一つの醍醐味なのかもしれない。ポッドキャスト制作でも同じだ。編集をどこまで自動化に任せ、どこからを自分の耳で判断するか。その線引きこそが、作り手の色になる。
ノートPCを閉じると、机は、いつもの静けさに戻る。でも、引き出しの中に、小さくて強い相棒が、一人、増えた。下書きまでを黙って積んで、公開だけをこちらに委ねてくる、良い相棒だ。名前は、まだつけていない。
